モートン・ローリゼンの音楽(Dirait-on:リルケの薔薇の詩) - Webのるて

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モートン・ローリゼンの音楽(Dirait-on:リルケの薔薇の詩)

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File:Morten Lauridsen on Waldron.jpg
Morten_Lauridsen_on_Waldron
「ウィキペディア (Wikipedia): フリー百科事典」「Morten_Lauridsen」
( last modified on 7 May 2013 at 09:53.)
より引用。



モートン・ローリゼン(Morten Lauridsen, 1943年2月27日 - )


youtubeを彷徨っていたら、モートン・ローリゼン(Morten Lauridsen)
作曲の合唱曲「Dirait-on」に出会った。



いっぺんで気に入った。

歌詞はリルケのフランス語で書かれた薔薇の詩


歌詞は、フランス語で書かれたリルケの詩である。当時リルケはスイスヴァレー州の
シエール郊外ミュゾットに住んでいて、ヴァレリーの訳詩などをしながら、この薔薇の詩
を作った。


"---みんな、ちょうどケーキを焼くようなぐあいに、出来上がったものです----"
クララ宛 1924.11.17(晩)
            ミュゾットの手紙 1921~1926:ライナー・マリア・リルケ
 ---- Alles das nur wie das Kuchenbacken ----
            An Clara Rilke am 17.November[1924](abends)
Briefe aus Muzot 1921 bis 1926 : Rainer Maria Rilke


と、妻であるクララに宛てた手紙に書いてある。。リルケの死の2年前である。

tour médiévale de muzot..
Copyright © 2011 ,tour médiévale de muzot.. By C laurence on Flickr


ヴァレリーがリルケを訪ねた時の、ミュゾットの館の印象をこう述べている。

大きな、物悲しい山地におかれた、怖ろしいほどにさびしい、
いともささやかな1つの館。くすんだ家具や狭い窓をもった古風な瞑想的な
もろもろの部屋。それが私の胸をしめつけました。
--(中略)--
永遠のふゆのながさを、静寂との熱狂的親しさのなかに暮らす、かくまで孤独な
生活が可能であろうとは、ほとんど考えられませんでした。
--(中略)--
親愛なリルケよ、あなたは純粋の時間のなかに閉じ込められているように思われました。
そして私は、永遠に同じ日のくりかえしのかなたにはっきりと死を覗かせておくような
あまりにも単調な生活の透明を、あなたのために恐れたのでした。

             「薔薇」(Les Roses)(1927年出版)に寄せた序文 -ポール・ヴァレリー 
              「晩年のリルケ」星野愼一 リルケ研究第三部 河出書房新書 p.301



またこのあたりのお話は、堀辰雄の「続雉子日記」にも詳しい。
(雉日誌のリンク先は青空文庫である)

原詩とその英語訳については、
“Dirait-on”– Pronunciation/Translation January 12, 2009
に詳しく、モートン・ローリゼン本人の、この曲についてのコメントも書かれている。

原詩の引用



Abandon entouré d’abandon,
tendresse touchant aux tendresses.
C’est ton intérieur qui sans cesse
se caresse, dirait-on;

se caresse en soi-même,
par son propre reflet éclairé.
Ainsi tu inventes le thème
du Narcisse exaucé.


英語訳


ついでに、英語の意訳としてあげられているもの。

Abandon surrounding abandon,
Tenderness touching tenderness…
Your oneness endlessly
Caresses itself, so they say;

Self-caressing
Through its own clear reflection.
Thus you invent the theme
of Narcissus* fulfilled.

(Translation by Barbara and Erica Muhl)


日本語訳



日本語訳は、何種類か試訳されているが、ここでは比較的新しい訳を載せておこう。
(24編ある薔薇の詩の5番目の詩である)

薔薇 Ⅴ

おのれをゆだねきったものが おのれをゆだねきったものに囲まれ
やさしい柔らかさが やさしい柔らかさにふれている.....
それはまるでおまえの内部が
たえずおのれを愛撫しているかのよう

おのれをいつくしみ愛撫しているのだ おのれのうちで
みずからの光に照らしかえされて
こうしておまえは作り出す
願いがかなえられたナルシス という主題を

                  白井健三郎・吉田加南子 訳
                  リルケ全集 第5巻 詩集Ⅴ(河出書房新社)-p543より



美しい官能的な詩である。リルケは、当時ヴァレリーの詩をフランス語から
ドイツ語に翻訳している最中であり、ケーキを焼くように出来上がったこの詩
の"ナルシス"は、ヴァレリーの「ナルシス断章」への敬意もこめているのだろう。

この詩につけられた音楽もまた、花びらの重なりあうたわわな薔薇をイメージさせる。
"Dirait-on"のリフレインが効果的につかわれ、まるでバラの花びらとその香りが風に
舞いながら、ナルシスのうわさ話を伝えていくような効果を作りだしている。
時代を超えたすばらしいコラボだと思う。

(リルケは生前、自分の詩に曲がつけられるのを嫌ったということだが、
 はたして、この曲を聴いたら何と言うだろう)

モートン・ローリゼンをこれまで知らなかったが、さらに追いかけてみると
どうやら、この作曲家にはすばらしい曲がたくさんある。もう1つ見つけてしまった。

アヴェマリア



まだまだ、知らない音楽、聞くべき音楽がたくさんある。



















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