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ミュゾットの館の写真をネットから探してみた。

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リルケの晩年の傑作はミュゾットの館で生まれた


ミュゾットの館といわれても、これは分かる人にしか分からない。
今回は、いわばマニア向けのお話。

ミュゾットの館とは、詩人のライナー・マリア・リルケが晩年を過ごした家だ。
最近、モートン・ローリゼンの音楽に出会って、リルケを読み直したりしているのだが、
そういえばミュゾットの館を見たことが無いことに気づき、捜してみようと思い立ったのだ。

ミュゾットの館は、正式名を"Château de Muzot"といい、スイスのヴァレー州
シエレというところに位置する。フランス式に読むとミュゾーと発音するのだが
その地方では、ドイツ式にミュゾットと読むらしい。どうやらドイツ語圏と
フランス語圏の言語境界線がこの辺りにあって、発音がチャンポンになっている
という説もある。

Maison rilke 2
Tour moyenâgeuse "Muzot" à Veyras (Canton du
Valais, Suisse) où Rainer Maria Rilke vécut avec son
amie Elisabeth Dorothea Klossowska,dite Baladine,
mère de Balthus, de 1921 à 1926.
Copyright © 15 November 2008 ,By Nouchka on
Wikimedia commons

Rilke and Klossowska at Chateau Muzot 1923
Copyright © 1923 ,Română: Baladine Klossowska și
Rainer Maria Rilke în Elveția, 1923. By Asybaris01
on Wikimedia commons


この館で、リルケ晩年の傑作といわれる『ドゥイノの悲歌』『オルフォイスへのソネット』
が生まれ、ヴァレリーの詩をドイツ語に訳してドイツに紹介し、薔薇のフランス語詩などの
小品を手がけた。リルケは1921年から、ここで亡くなるまでの5年間を過ごしたのだ。

どんな家だったのか


3976854679_3bb3da951d.jpg



リルケがこの館に住む事になった経緯などは、(※参考1書籍)などに
詳しいが、かいつまんで言うと、13世紀頃の建物で、1900年頃に改築
されたものの、その後は放っておかれたため酷く荒れ果てていて、
おまけに電気の設備がなかった。
電気はリルケがこの地を去るまでひかれなかったといわれる。

必然的に、照明は石油ランプと蝋燭である。
当然、電話も無かったので、通信手段は手紙になる。
(ミュゾットの手紙という分厚い書簡集が出来たゆえんである)

(1921年といえば、自動車産業真っ盛りの時代で、フォード自動車は生産台数を年々伸ばし、
ベルリンには世界初のハイウェイが完成し、文明がどんどん加速している時代だ。
完全に時代に背を向けての隠遁生活だが、この時近くの地ローザンヌではエリオットが
「荒地」に取り組んでおり、パリではジョイスが「ユリシーズ」に最後の手を加えていた。
この時代を文学史上の一つの転機とする見方もある)


釣瓶井戸があり、野生の薔薇が生えた庭園と、小さな教会・聖アンナ礼拝堂が
付属していた。

一階には、食堂、居間、便所、台所および家政婦の部屋があった。

二階はリルケの仕事部屋で、樫材のどっしりした机が置かれており窓は二つ有った。
この窓から広大な谷全体が見渡せた。

寝室はその隣にあって、修道士の個室ほどの狭さながら、バルコニー付きであった。

Maison rilke
Medieval tower "Muzot" to Veyraz where Rilke lived with his girlfriend Klossowska Ballerina(mother Balthus)
from 1921 to 1926.Copyright © 15 November 2008 , By Nouchka on Wikimedia commons

この二階にはまた小さな祈祷室もあり、そこの低い扉の上には、十字架ではなく
「神秘的な、インドの<スヴァスティカ>、数世紀の間いかにも奇妙な宗教運動の
旗印ともなっていた鉤十字」が彫り付けられていた。

屋根裏の階には、小部屋が二つと、時に応じて使われる客間が一つ有った。

リルケはこの館の波乱に富んだ歴史と、この地域に幽霊が出没することを
確かめて喜んだという。

この館でリルケは仕事をし、詩の朗読会を開き(リルケの朗読はバリトンの朗々たる
ものだったという)、葡萄酒を造り(買うより3倍も高くついたということだが自作である)
男性客用には、(自分では飲まなかったが)葉巻とリキュール類を用意し、女性の客には、
自分の花壇から剪ってきた薔薇を数本づつ手渡した。

(リルケは若い頃から菜食主義で、酒もタバコもやらなかった。)

そんな家だ。シャトー・デ・ミュゾットというからミュゾットの城である。
捜してみたら、結構な数の写真がアップされていた。

著作権を気にしながら写真を整理する


近頃のインターネット環境は実に便利である。googleさんに「”muzot"で
画像を検索」といえば、あっという間に探してきてくれる。
この記事では、探し当てた写真を紹介するにとどめよう。

実際には、著作権の問題を気にしながら、色々と技を使ってプログラムをしたりと
プログラムの方法解説とか、紹介できるサイトとか、便利なツールとか、書くことは
たくさんはあるのだが、それはまた別のテーマになるので、また明日の記事にしようと思う。

WikipediaとWikimedia Commonsの写真は、既に貼り付けてあるので、PanoramioとFlickrの
写真を中心に紹介しよう。

Panoramioによるスライド写真


Panoramioはgoogleがサービスしている写真サイトであって、腕自慢のアマチュア写真家や
プロ写真家、単なる旅行者など、様々な人が撮影しては写真を投稿している。
著作権は放棄されていないので、あくまでgoogleのプログラム(API)を使って表示する
ことが条件となる。

きれいな、力の入った写真が多いのが特徴で、写真をクリックするとgoogle Mapと
対になったPanoramioサイトに飛ぶ。そこで、地図を触ってみると、そのままご近所と
その風景を楽しむことができる。
たまには、そのままどこかに旅立ってしまい帰ってこれなくなるなる事も...。

写真の上にマウスカーソルを乗せると、写真の左右どちらかに矢印が出るので、
それを押すと次の写真に移れる。春、夏、秋のそれぞれの風景写真があり、私が注目したのは、
春先の写真にあるバラのアーチだ。3つのアーチをつなげてトンネルを作っており、
それが二組ある。

蔓バラを絡ませるのだろうが、どんなバラが育っているのだろうか。
バラに関心のある方が撮影してくれれば、もう少し情報が得られると思うのだが、
どなたか行かれた際には是非バラを中心に撮影してほしいものだ。

(ちなみに、現在ミュゾットの館は私邸であって、公開していない。
皆さん遠くから撮影しているみたいですが、どんな方が住まわれてるのでしょうね?。)

さて、写真の原本は、高解像度画像なので是非写真をクリックしてPanoramioサイトに行って
見て欲しい。サイトに入ったらもう一度、その写真をクリックすると大きな画像が出てくる。
そうなったらマウスのスクローラを前後にくるくる回せば、好きなだけ拡大して写真を観察できる。
なかなか、楽しいですよ。



Flickrによるスライド写真


Flickrは現在Yahooが運営している。巨大なfree画像サイトだが著作権は放棄されているものと、
放棄されてないものとが混在している。画像サイトの先駈けであり、草の根的に拡大し運用方法や
規則も、拡大するにつれて整備されていったという感がある。

ツールもいろいろな方が様々作っているが、今回はなんとか自作で表示してみた。
Panoramioとはまた違う写真がアップされており、WikipediaやCommonsと重複した写真も多々ある。
できたら、WikipediaやCommonsにアップされている写真を全て取り込んで欲しいものだ。
freeの画像サイトが一箇所に集約されるのは、ユーザーにとって好もしいことだと思うのだがどうだろう。

Flickrの画像で一枚だけリルケ本人が出ている写真がある。これは館の寝室に付属する
バルコニーで撮影したもので、Wikipediaとかぶっているのだが、このバルコニーがハッキリ映っている
写真がなかなか見つからない。
おそらく、この記事の一番最初に載せた写真の木の陰に隠れたところにあると思われるが、
これについては最後にまた述べることにする。



その他たくさんの著作権の明記されていない写真


最後に、古い良い写真があったのだが、これはwikipediaにもwikimdeia commonsにも
載っておらず、著作権的に明確ではない。

管理者にメールをして掲載許可をもらうとか、方法は色々考えられるが、そこまでするような
根性の座ったブログでもないので、一応参考にリンクだけ張っておくことにする。

ドイツの"Xlibls"という文学フォーラムのサイトなのだが、バルコニーの写っている
ミュゾットの館が出ている。このアングルは最近の写真には無いので貴重だ。
このバルコニーに立っているリルケの写真は多い。

http://www.xlibris.de/Autoren/Rilke/Biographie/Extras/Seite7
ミュゾットの館 現代のポストカードより

解説にはこうある。
写真:クラリッサ・ヘーシェル:このポストカードの原典は、ミュンヘン市立図書館
モナセンシア分館の文学文書保管庫レギーナ・ウルマン蔵書(写真30)にある。

ちなみに、レギーナ・ウルマンはリルケに見出された女流作家である。

リルケは1926年に亡くなるのだが、葬儀は近親者のみで行われ、参列者は10名前後であった。
参列者名簿にはレギーナ・ウルマンの名も見受けられる。

参考1)「リルケ-生涯と作品-」ヴォルフガング・レップマン(リルケ全集 別巻 伝記 河出書房新社)

追記 参考ブログのリンク



最近ミュゾットの館を訪ねた方々のブログを参考にリンクしておきます。

http://okanaganokanogan.com/tag/muzot/

Okanagan Okanoganさんのブログ

Okanagan Okanogaさんは、なんとテラスに入らせてもらって撮影しています。


http://mjethil.canalblog.com/archives/2013/02/28/26428750.html

M-J&H-ILさんのブログ

M-J&H-ILさんは、寒い冬の日に行かれてますが、聖アンナ礼拝堂も
撮影してます。聖アンナ礼拝堂は、googleMapで見ると、ミュゾットの館から100mほど歩いた所に建っています。
ミュゾットの館の敷地は広くて、ブドウ畑とバラ園と礼拝堂付きなんですね)


http://www.ueliraz.ch/2011/varneralp.htm

Ueli Razさんのブログ

Ueli Razさんのブログではミュゾットの館とシエレ近郊の
斜め空中写真(2011年)が見れます。


https://www.helveticarchives.ch/suchinfo.aspx

スイス国立図書館のアーカイブデータベース


スイス国立図書館のアーカイブデータベースでは、ミュゾットの館の
部屋の配置計画図(リルケの手書き)が見れます。他に写真多数。

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2014-02-06 12:28 | from -

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