夾竹桃の花が咲いている。 - Webのるて

スポンサーサイト

スポンサーリンク
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

夾竹桃の花が咲いている。

スポンサーリンク


見慣れないバラのような花を咲かせている木



寮の食堂の右横にちょっと小高い丘があって、そこに給水塔が立っている。
先週の日曜日の夕刻に、ふと思いついてその給水塔を見てみようと思い、
自転車でゆるやかな坂道を登って行った。

給水塔のすぐ隣は小さな公園になっていて、ブランコや、子供向けの遊具が
設置されているのだが、周りに見慣れないバラのような花を咲かせている木が
あった。

バラにしては、葉の形がバラらしくなく、枝に棘も無い。私は出身が岩手の北東
(ほとんど青森県)であり、成人してからはずっと北海道に住んでいるので、南国
(といっても茨城県だが)の花には疎い。

この木は何という名前だろう?と思いながら、坂道を下り寮に戻った。

この木の名前は夾竹桃という


翌日、仕事場の周りにも同じ木が植樹されていて、こちらは赤い花を咲かせている
木の群生と、白い花を咲かせている木の群生が隣り合っている。
これだけ、あちらこちらにある木だと、さぞかし有名な木なのだろうと、
仕事仲間に、あの木の名前を知っているか聞いてみたが、仲間に木々に詳しい
者はいないようあった。

気になりだすと、調べずにはいられなくなり、寮に戻り、パソコンを開いて、
「関東 夏 赤い花」で検索すると、赤い花の画像集が出てきて、運よく同じ花を
探すことができた。名前は「夾竹桃」である。

東北以北では、あまりお目にかからない木である。植生域は東北南部以南とあるから
東北北部以北しか知らない私には縁がなかったわけだ。

太宰治と夾竹桃



「人間失格」や「津軽」で有名な作家、太宰治も東北出身である。彼も故郷を離れて
関東に来てから初めて夾竹桃を見たらしく、
「くには、青森です。夾竹桃などめずらしいのです。私には、ま夏の花がいいようです。
ねむ。百日紅。葵。日まわり。夾竹桃。蓮。それから、鬼百合。夏菊。どくだみ。
みんな好きです。ただ、木槿だけは、きらいです。」

と「めくら草紙」の中で書いている。

太宰は、東京に出てから25回の転居を繰り返すのだが、最も愛着の深かったのが、夾竹桃のある
千葉船橋町の家であったらしく、パピナール中毒の治療のため転居を余儀なくされた時、
「どうしてもその家から引き上げなければならなくなった日に、私は、たのむ!
 もう一晩この家に寝かせて下さい、玄関の夾竹桃も僕が植えたのだ、庭の青桐あおぎりも
僕が植えたのだ、と或る人にたのんで手放しで泣いてしまったのを忘れていない」
   -「十五年間」-

と書いている。

これまで、文学作品の中でたびたび現れているいる夾竹桃だが、これまで実物を
見たことがなくて、小説の理解もどれほどの物だったのだろうと、改めて思う。

ちなみに、檀一雄 には夾竹桃忌(1月2日)という文学忌があるが、檀一雄は
太宰の親友であり、熱烈な信奉者でもあったので、太宰の思い出としての夾竹桃を
好んだのかもしれないと、個人的には思っている。

文学作品の中の夾竹桃



夾竹桃は、文学作品の中でよく使われている。夾竹桃そのものが題名となっている
物に、中島敦の「夾竹桃の家の女」がある。

村上春樹作品にも夾竹桃が出てくる。
「どうしてそんなこと急に思い出したの?」
「わからないな。ただ思いだしたんだよ。海風の匂いとか夾竹桃とか、
そういうのがさ、ふと浮かんできたんだよ」
                    ---村上春樹 ノルウェイの森 ---


川端康成の「抒情歌」では、
夢の中、夾竹桃の花ざかりの海岸の小路で行き会った1人の青年に恋をした霊感の強い
女が、その青年に現実に会い、その青年を他の女に取られ、その青年の死を知った後
次のようにうぶやく。

けれども今日この頃の私は、霊の国からあなたの愛のあかしを聞きましたり、
冥土や来世であなたの恋人となりますより、あなたも私もが紅梅か夾竹桃の
花となりまして、花粉をはこぶ胡蝶に結婚させてもらうことが、遥かに美しいと
思われます。そういたしますれば、悲しい人間の習わしにならって、こんな風に
死人にものいいかけることもありますまいに。
      ---川端康成  「抒情歌」---


夾竹桃の実物を見たことがなくても小説は味わえるが、イメージの深さが違う。
8月になり、今回の仕事の契約期限も近づいてきて、また再び茨城に来ることが
あるかどうかわからないが、夾竹桃の木を実際に見れたのは、今回の出張の
収穫だったと思う。

夾竹桃は毒の花



夾竹桃には毒がある。オレアンドリン(oleandrin、C32H48O9)という毒である。


oleandrin
オレアンドリン




かなり強い毒で、青酸カリより強力であるという。

花、葉、枝、根、果実すべての部分と、周辺の土壌にも毒性がある。生木を燃した煙も毒。
腐葉土にしても1年間は毒性が残るため、腐葉土にする際にも注意を要する。
中毒症状は、嘔気・嘔吐(100%)、四肢脱力(84%)、倦怠感(83%)、下痢(77%)、
非回転性めまい(66%)、腹痛(57%)などである[3]。
治療法はジギタリス中毒と同様である。
                                 ---Wikipedia---


夾竹桃は生命力の強い木で、大気汚染、公害にも負けないことから、街路樹として
植樹されることが多いらしい。広島の原爆投下後、70年間は草木も生えないと言われた
焦土から真っ先に顔を出したのが夾竹桃で、原爆からの復興のシンボルとして広島県の花と
なっているということだ。

(おりしも、今日は原爆の日で、こういう記事を書いているのは、単なる偶然なのだが、なぜか
必然のような気もする。)

夾竹桃はもともとは、インド産で、中国を経由して日本に江戸時代に入ってきたという事だが
仏教と同じような経路をたどっているので、仏典の中にも夾竹桃が出てくるのかと
思い調べてみた。

仏教の中の夾竹桃



仏教説話の中に”毒矢の喩え”(中部経典第六十三経)という話があるが、毒矢で射られた者が
「わたくしを射た矢が、普通の矢なのか、尖箭なのか、鈎箭なのか、鉄箭なのか、犢歯箭なのか、
夾竹桃葉箭なのかを知らない間は、この矢を抜き取るまい」と告げたなら、その人がそれを知らない
うちに、その人は死期を迎えるであろう。云々という無記の説明として用いられる話の中に、夾竹桃
が出てくる。


また、インドでは夾竹桃の花で作った花輪は謀叛者の印としてその頭にまかれるということだが、
大荘厳 (経)諭巻12には
巴樹提王が戒をすてて戦をいどんだ婆羅那を捕虜にして、「これ悪人なり。その頭上に
迦羅毘羅の花輪をつなげ」と命じている。
    仏典の中の樹木 : その性質と意義(3)(護摩の樹木) 満久崇麿 木材研究資料 (1974), 8: 16-37

ここで、「迦羅毘羅」とは、夾竹桃のことである。

西洋の夾竹桃



 西洋にも夾竹桃はある。スペインのセビリアーコルドバ管の高速道路の中央分離帯には、
夾竹桃が延々と植えられているということであり、グラナダのヘネラリーフェには、夾竹桃
のアーチがあるらしい。参考: スペインの夾竹桃

また、スペインでは聖ヨゼフの花として人々の間でとても尊重されていると言われるが、
イタリア、ギリシャでは葬式の花として扱われているということだ。

クラシック音楽で扱われる夾竹桃



クラシック音楽に歌われる夾竹桃だと、デオダ・ド・セヴラック(1872-1921 フランスの作曲家)が書いた
「夾竹桃の樹の下で」 Sous les lauriers roses (1918年)という曲がある。
youtubeでも聞けるので、参考までにリンクを張っておく。
(フランス語では、夾竹桃のことを "lauriers roses"というんですね。)



セヴラック最後の作品で、ユーモアに満ちた作品ということだ。

詳しい解説は、 楽曲解説 でどうぞ。

スポンサーリンク

スポンサーリンク

Related Posts Plugin for WordPress, Blogger...
コメント
非公開コメント

トラックバック

http://nemurusyura.blog46.fc2.com/tb.php/234-f76ed131

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。